BROSの原体験

HOME > Toy's > 可愛いバイク達 > AT90






腕時計とカメラとHONDA Beat
腕時計やカメラの話題とHONDA BeatそしてInsightの話題.

at90-01.jpg

BROSの原体験

motorcycleのお話

タイヤがふたつ付いた(しか付いていない)不思議な乗り物。
人類の発明の中でもっとも過激な乗り物のひとつである自転車やバイクのお話をしようと思う。

バイク歴はProfileに書いてあるので、ここでは現在も離れられないmotorcycleのことをつらつらと書き綴ることにしよう。

at90-02.jpg昭和40年代に高校生だったわたしは、まわりの友人達が高校に入学して16歳になるとほとんど間違いなくmotorcycleの免許を取得するために教習所に通い、あるものは空き地で練習することで免許証を取得し、憧れのmotorcycleに乗ることが話題の中心だった。

そしてバイクを買い、好きな女の子を誘ってタンデムで走るのが楽しみだったらしい。(もちろんワタシも・・)

まだ大学受験は遠い先の話で不安もなく、新しい世界とmotorcycleの免許という大人への第一歩に友人達は夢中になっていた。
簡易に免許証を手に入れるには原付限定の免許、125ccまでのバイクに乗るためには小型二輪免許、そして排気量制限のない「二輪免許」とたった3つしか区別がなかった夢のような時代である。

しかし、わたしはまったくmotorcycleには興味がなかった。
自転車には乗っていたが、決して良い思い出があったわけではなく、三流メーカーの自転車しか持っていなかった小学生時代を思い出すばかりで、ましてmotorcycleとなればその当時の50ccスポーツで100,000円ぐらいはしていたので、まったく高嶺の花だった。

クラスには久保田という変わったオトコがいた。彼とは今ももっとも親しい友人のひとりである。
久保田と親しくなって数ヶ月、彼が「うちに泊まりで遊びに来いよ。」という。
生駒市に住む彼の家までどのようにして行ったかは覚えていない。覚えているのは彼の家のガレージに所狭しと置かれている自動車の部品やmotorcycle達のことだ。
きらきら輝く金のかかったNewではなくホコリが積もって薄汚れてはいるが紛れもなく人の存在を感じさせる命の輝きに満ちたmotorcycleばかりであった。
家の庭までそれらのひとつを引っぱり出してきた彼は、チョークを引いてキックアームを足で数回動かし強く踏み下ろした。
弾けるような音と白煙と共に目覚めたバイクは、motorcycleに全く興味がなかったわたしでさえ身近なモノとしての存在を誇示していた。
at90-03.jpgそのmotorcycleの名前は「YAMAHA AT90」。本来は実用車のカテゴリーに入っていた。
その証としてミッションは5段リターンではなく4段ロータリーである。
しかしわたしには世界最小90cc2サイクル2気筒で管楽器のような排気音を奏でる可愛いmotorcycleだった。

ホームページ内検索

BROSplanning updated 2010-07-23